病気なのは分かってるけど。
いつまでも寄生されてたら困る。
若いのにもったいない。
家にお金を入れろよ。
朝食前、さて今日は何をしようかと考えていたところ、父親が朝のおはようついでに唐突に説教をかましてきました。
ちなみに私は、父のことは会話もしたくないし顔も合わせたくない、何なら同じ空間にいたくないし、何が何でも接触は避けたいと思うくらいには嫌っています。
父は私のことをどう思っているのかは知りません。けれども、働きもせずずっと家にいる私のことを快く思っていない、ということは説教の中から感じ取りました。
いつものおはようの後に何か踏み込んできたなと思ったら、次の瞬間から仕事がどうとか、いつまでもどうとか、あとは株のこととか、色々と言葉を浴びせられました。
正直、説教欲が溜まってたんだなーとか、あー父親の欲求不満爆弾が自分のところで爆発しちゃったよーとか、何で朝からこんなに言われなきゃならないの?などなど色んなことを思いました。そこから不平不満とか理不尽さとか、はたまた悔しさやら恨めしさやらの感情も芽生えたりして、最終的には感情や思考がごっちゃになって泣きました。それから天井を見ていたら午前が終わっていました。
説教を食らった後で母から言われたのは、父はこのごろ仕事を増やして休む時間が少なくなったのと、私がちょうど寝て休んでいるところを見て「仕事もしないで寝てばっかりでだらけている」と不満を漏らしていたそうです。あとは無職になってもうそろそろ2年になることについてや、私の状況について「医者に行っているのに埒が明かない」とも愚痴をこぼしていたらしいです。
説教を食らう数日前、昼食後に休憩がてら横になって寝ているところを父は見たんだろうなという感じは確かにありました。誰が廊下を歩いているのかということは、床がきしむ音で判別できるようになってしまったので、ああこの歩きは父だなということが分かっていました。
私もただずっと寝てだらけているわけではないのですが、運悪くそういう部分を切り取られてしまって、そこを入り口として溜まっていた鬱憤をぶつけられたという感じになるのだと思います。
今までにも時折父親から説教を受けたり、そこから言い返して喧嘩になったりということもあったし、そこから父には何を言い返しても意味がないし理解もしてくれないということを悟っています。なので父の説教というのは、言うなれば台風や地震と同じような部類になっています。自分ではどうすることもできないものだ、と。
そうは思いつつも、父から言われたことの全てが間違っているわけでもなく、結構痛いところを突いていたりもしたので、認める部分と反発したい部分が入り混じっていて複雑です。そういう諸々もひっくるめて、自分はいつまで子供のまんまでいるのかとか、いつになったら大人になるんだとかいうのを考えては消えたくなる、そんな日です。