投資と人生の夢うつつ

元ニート、フリーター、現IT派遣の20代半ばの人間による、投資や生活、その他雑多な話題を書くブログです。

就職活動は気持ち悪くて矛盾だらけでおかしい。だから、死にたくなって命を捨てようと思うくらいならやらなくていいし、やらない方がいい。

こんにちは。こんばんは。おはようございます。あるいは初めまして。

 

 

最近、某SNSサイトで就職活動の広告をよく見かけるのですが、それを見るたびに、「必死に宣伝してるなあ。そんなにまでして学生を食い物にしたいのか」と思わずにはいられません。

 

 

と同時に、「この時期になっても就職先が見つかっていない学生の子は、色々つらくて大変だろうなあ」とも思います。

 

 

現に私が新卒で就職先が決まったのが11月下旬でしたから、それまで本当に大変でしたし、ひどいときは死にたくなりました。具体的には、どうやって死ぬのがいいかと、自殺の方法を調べて日々を過ごしていたくらいです。

 

 

もっとも、私の場合は人間性とか考え方とかの点で大変だったので、「大変」の方向性が違っているのかもしれませんが。

 

 

実は新卒のとき、私は就職活動に対して違和感や矛盾を大いに感じ、大変な気持ち悪さを覚え、就職活動が大嫌いになりました。

 

 

その影響で、就職活動のことを売り込んでいる会社には良い印象が抱けなくなりました。

 

 

ついでに言うと、私は新卒(および転職)「エージェント」なるものも信用していません。もちろんそうなったのにも理由がありますが、詳しくは後述させていただきます。

 

 

もしもここを読んでいるあなたが今、就職活動中で、死にたい思いを抱えながらも活動しているのでしたら、やめた方がいいと思います。むしろやめるべきです。

 

 

現代の就職活動は、変なところやおかしなところだらけで気持ち悪いです。そんなものに、正直に付き合う必要なんてないです。

 

 

もっと言うなら、就職して会社に入ったとしても、それで安心というわけではありません。就職はゴールではなく、新たなスタート地点もしくは単なる通過点なのですから。

 

 

この記事では、現代の就職活動、略して就活のおかしなところや変なところ、実際に私が新卒のときに感じたことや経験したことなどを書き記します。

 

 

誰かの参考になれば幸いです。

 

 

 

 

大学4年生の4月が就活解禁日なのに、それよりも前から選考は始まっている。

これは私が新卒で就活した時期の話ですので、恐らく事情は今後になると随分異なってくるでしょうが、参考までにお話しさせていただきます。

 

 

当時の就活は、大手の就活サイトがオープンする4月1日が経団連の定めた就活解禁日とされていました。

 

 

ところが、その前の時期から実質的な選考をしているところはしてます。インターンシップという名であったり、会社説明会や座談会、面談といった外形をとりながらも中身は選考であったり…。

 

 

企業はとにかく優秀な人材を確保しておきたいがために、早いうちから学生の囲い込みを始めます。

 

 

 

早い者勝ちでいい人材がどんどん取られて行って、公式に就活が解禁された時点で残っているのは、企業からすれば、魅力がなくてそれほど優秀というわけでもない人材ばかり…ということになります。

 

 

そうなる前に我先にと、就活解禁以前からあの手この手で選考を始めるわけです。上手いこと言って、ルールという網をすり抜けているということですね。

 

 

何といいますか、しっかりと決まりを守っているところが馬鹿を見ているという感じがして、世の中ズルいもの勝ちみたいなところを感じ取って、日本の就活は狂ってるなあとここでまず思いました。

 

 

そういう現実があってか、経団連も「就活ルール」の廃止について言及しましたね。

 

 

元々早期決戦型だった就活が、より一層早期決戦型化していくのが目に見えます。

 

 

新たな秩序が生み出されるのか、それともルールなき後は混迷を極めることとなるのか…果たしてどうなるのでしょうか。

 

「就活を楽しんでやろう」「面接はお見合いと同じ」とは言われるけれども、実際は…

とある会社の説明会で、代表の方が言っていたことがあります。

 

 

細かくは覚えていませんが、大筋では「就活を楽しんでやってください」というようなことだったと記憶しています。

 

 

正直なところ、私はこの言葉に全く共感できませんでした。

 

 

確かに、自分の知らない分野・業界・会社・人などと出会って、知って、交流することは楽しいのかもしれません。

 

 

あるいは、過度に緊張しないでリラックスして就活してほしいという、その方なりのメッセージだったのかもしれません。

 

 

ですが、私からすれば、今までの人生の中で最大かつ今後の自分の人生を決定づける最重要な選択を迫られるわけですから、そんな気楽なことを考える心なんてものがありませんでしたし、こちらの気も知らないでよくも能天気なことを言えたものだと思いました。

 

 

結局、その説明会をした会社にはエントリーすることはありませんでした。

 

 

もう一つ、こちらはあちこちでよく言われました。

 

 

「面接はお見合いと同じ」

 

 

そんなわけあるか、と私は思いました。

 

 

確かに、面接もお見合いも、まずお互いを知るところからスタートするという点では同じであるでしょう。

 

 

しかし、お見合いでは男性と女性の立場は対等でも、面接では就活生と面接官の立場が対等なはずがありません。

 

 

なぜならば、面接官は就活生の合否決定権を握っているからです。もっと言うのであれば、就活生を生かすも殺すもその面接官次第なのですから、就活生側が、自分が殺されまいと必死になって面接官にアピールする、気に入られようとするのは当たり前のことです。

 

 

ゆえに、就活生と面接官とが対等な立場になるということは、はっきり言ってあり得ないです。それに、お見合いと面接とでは重みが違いすぎますから、それらを同列にするのは不適切だと言わざるを得ません。

 

 

こういった、私には共感し難い言葉を投げかけられながら行う就活は、なんだか気持ち悪さがありましたし、違和感もあって、とても嫌なものでした。

 

明確な正解などない世界へ、いきなり放り出される。

思うに、高校生までの教育というのは、明確な答えを導き出せる問題を与えられて、それを解くということに主眼を置いていたように感じます。ついでに言うと、個性を潰すような教育をして、何でも平等=平らにしてしまっているような感じもします。

 

 

大学では、一応はこれという確定した答えを出せる問題ではなくて、考え方次第でいくつもの答えが出てくる問題を扱う「訓練」をする場所なのだと思います。

 

 

ですが、正直なところとしては、講義の単位を取ることが目標のような部分がありますし(かくいう私もそういう一人でした)、教授が事前に言った試験範囲の部分だけを重点的に勉強する、一夜漬けじみたことで乗り切っていたことがほとんどなので、自分で答えや結論を導き出すということが身につかないように思います。

 

 

要は、ずっと誰かに与えられる教育をされてきた中で、いきなり「はいこれからは自分で考えてね」という世界に放り込まれるわけです。

 

 

それで、全く慣れない中で不器用なりに答えや考えをひねり出しても、面接の場などであっさり否定されることに、私はどうしようもなくやるせない気持ちになって、面接が嫌になり、就活が嫌になりました。

 

 

自分が「就活ビジネス」の食い物にされているという、とてつもない不信感。

大学に対して思ったこと

大学では、就職課やキャリアサポートセンターといった、学生の就活を手助けしてくれる味方のようなものが存在しています。

 

 

進路の相談、履歴書やエントリーシートの添削、面接の練習など、就活に関する様々なことに対応してくれる、一見すると心強い存在です。

 

 

しかし、私としては「就職率を少しでも上げて自校を良く見せるために、学生の不安をあおって就職を促し、就職したらもうあとはどうでもいいと思っているのでは」と、随分とひどい不信感を抱いていました。

 

 

秋ごろからほぼ毎日のように開催される学内企業説明会と、講義の間の時間にそれに参加するよう呼びかける放送、就活直前対策講座など…私の大学は結構な力の入れようでした。

 

 

私自身すごく嫌だったのが、「4年生の進路状況調査」ということで大学のキャリアサポート課から電話がかかってくることでした。

 

 

女性の職員から決まって電話が来たのですが、完全にマニュアル化されたような話し方をされてきて、非常に機械的で冷たい感じがしました。

 

 

何よりも、こうした電話がかかってくることで、まるで大学から監視されているような感じがして、非常に窮屈な気分でしたし、就活以外の道を認められていない・許されないような感じもしました。

 

 

やや話がそれますが、近年、大学の「就職予備校化」が問題になっているということを前にどこかでやっていました。

 

 

「本来であれば学術研究が目的のはずの大学が、今や就職のための施設になっているのではないか」という懸念があるという内容だったと思います。

 

 

今や大学は出て当たり前で、そこから会社や企業で就職して生きていくという選択をする人が大多数となった時代です。

 

 

さらに、少子高齢化がどんどんと深刻化している日本において、大学は自らを維持するために、学生をいかにして呼び込むかということが死活問題となってきています。

 

 

 ですから、呼び込む際のアピールポイントとして、就職率の高さを前面に押し出したいという魂胆なのだと思います。

 

 

私は、就職率の高さというデータを得るための、駒みたいな扱いなのかなと思わずにはいられませんでした。

 

 

新卒エージェントに対して思ったこと

暑い8月のこと、大学が夏休みに入っても、私は一向に内定が出ない中で就活を続けていました。

 

 

そんなとき、送られてくる就活メールの中にあった、新卒エージェントを使ってみることにしました。もう時期も時期だし、頼ったほうがいいかなと思って、面談の申し込みをしました。

 

 

必要事項など色々記入をして、最後にエージェントの方と面談をしました。

 

 

そのときに強烈に覚えていることがあります。

 

 

エージェントの方から「自己PRはどんなことを言っていますか?」と聞かれて、「私は絵を描くのが好きで云々」と答えました。これに対して帰ってきた言葉が、

 

 

「これって、何をアピールしたいんですか?」

 

 

でした。

 

 

その問いに対して、私は「あ、え、えっと…」という感じで、返答に窮しました。

 

 

確かに、そのとき言った自己PRは自己PRになっていなかったと思います。

 

 

ですが、当時なんにもアピールポイントが浮かばなかった私が必死になってひねり出したものを、いとも簡単に踏みにじられた気がして、非常に嫌な気持ちになりましたし、自分を否定された感じがして非常に悲しくなりました。

 

 

そんな思いがあって私が答えられないでいると、エージェントの方が「ご自身でもわからないような自己PRはちょっとまずいですね」と言いました。私が答えられなかったのは、私自身が何をPRしたいのか把握できていないからだと判断したのでしょう。

 

 

私がどれだけ悩んで自己PRをつくったのかも知らないで、私自身がPRしたいことが把握できていないと勝手に決めつけたエージェントに対して、ものすごい不信感を抱きました。

 

 

面談の最後辺りで求人をいくつか紹介していただいたのですが、紹介された中で実際に説明会や面接に行ったのは1社だけでした。

 

 

その後もエージェントからメールで求人の紹介やアンケートなどの連絡が届きましたが、何としてでも私を就職させたそうな、執念じみたしつこさを感じて嫌になり、最終的には内定が出たと嘘をついて、結局ろくに利用することなく退会しました。

 

 

この経験があり、私は就職に関して、いわゆる「エージェント」は信用することができなくなりました。

 

 

担当してくださった方と私の相性が合わなかっただけなのかもしれませんが、元々人と話すのが苦手な私には、エージェントの利用はハードルが高すぎたのかもしれません。

 

まとめ~就活は異常だらけ。

正直者が馬鹿を見るルール…

 

 

全く心に響かない、励ましなのかどうかもよくわからない言葉…

 

 

いきなり異世界へ投げ出される理不尽…

 

 

「就活ビジネス」の食い物にされる不信…

 

 

見れば見るほど、就活は気持ち悪くて、矛盾だらけで、おかしくて異常です。

 

 

こんなもののために、心が潰れてしまって、自殺という手段で命を散らしてしまう人もいるのです。本来なら、いてはいけないはずなのに。

 

 

だから、伝えたい。

 

 

死にたくなるのだったら、やめていい、やらなくていいと。

 

 

生きてさえいれば、命さえあれば、いつだって、何度だってやり直せるのですから。